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〜大磯駅前の通称岩崎山と言われる丘に立つキリシタン資料の澤田美喜記念館〜


〒255-0003 神奈川県中郡大磯町大磯1152
電話でのご予約・お問い合わせは
TEL.0463-61-4888

ご挨拶・施設概要


 ご挨拶 澤田美喜記念館 館長 西田 恵子


澤田美喜記念館〜澤田美喜のもう一つの隠れた業績〜

三菱財閥創業者、岩崎弥太郎の孫・澤田美喜(1901〜)は、戦後史に残る社会福祉事業エリザベス・サンダース・ホーム創設という大きな業績を残しました。

しかしそのほかに、隠れた業績として、教育事業の学校法人聖ステパノ学園の創設と文化事業の「キリシタン遺物コレクション」があることは世間にあまり知られていません。

澤田美喜記念館は、澤田美喜が残した文化事業にあたります。

戦前の昭和11年、美喜は西洋キリスト教史上の殉教者たちのそれにもまして美しい殉教が日本にもあったことを知りました。以来、彼女は九州の島々を自ら巡り歩いて、殉教者の子孫らからキリシタン遺物を集め、その遺物の数は1000点以上にのぼったといいます。(当記念館で現在874点確認)

美喜はこの遺物に強い信仰の息吹を感じ、エリザベス・サンダース・ホームの困難な状況下で子供たちを守り育てながら、「幾度これらの遺物の前で祈り、力づけられたかわからない」と語っています。どんな時にも、このコレクションを手放そうとしませんでした。

自分よりもっと厳しい苦難の中、信仰を貫いた先人たちがいたという事実が美喜の心の支えとなり、失望と悲嘆と涙と怒りを覚えた闘いの日々、「光と希望と忍耐をこれらの集めた遺物が与えてくれた」とも書きました。

現在、澤田美喜記念館には、踏み絵・マリア観音・禁制の高札・刀の鍔(つば)や隠れキリシタン魔鏡など250余点が、定期的に展示替えされて公開されています。とりわけその展示物の中でも「紙の踏み絵とその版木」は日本最古のものと言われており、版木は16世紀後半にスペインの宣教師が祈りの対象として持ってきたマリア像の壁掛けだったとされ、歴史的な価値が際だっています。

2017年マスコミから注目を集めたキリシタン武士の刀の鍔(つば)は、室町時代後期から江戸時代にかけて制作された47点を展示。内14点は禁教前に造られた鍔(つば)で、中には十字架が誇らしげに刻まれています。禁教時代に入ると十字架は目立たぬように秘めた形に変化していきます。刀の鍔(つば)を鑑定していただいた日本刀剣保存会の中西祐彦理事は「30年間刀装具の研究をしているが、禁教時代の鍔(つば)は3枚しか見たことがなかった」と言われ、“発見”という形で新聞に報道されました。

国内に2点しか存在しないとされる「隠れキリシタン魔鏡」は一見すると鏡面が普通の銅鏡のように見えますが、一旦表面に光を当てその反射光を壁に投影すると、はっきりと十字架についたキリスト像が映し出されます。隠れキリシタンの信仰を生き生きと今に伝える貴重な遺物です。

2018年11月には、現存するマリア十五玄義図よりもかなり古い玄義図が、それも日本風に描かれているという、極めて歴史的な価値を有すると考えられる「ご聖体の連祷と黙想の図」という巻子(かんす)が話題となりました。この発見は、NHKニュースや朝日新聞など各紙で大きく報道されました。今後各方面から研究が進み、歴史の真相がこの巻子を通じて明らかにされていくことが期待されます。

当記念館は2014年3月に一般公開してから、年々注目を集めて来館者が増えてきていることは、大変うれしいことです。
大磯駅前の通称「岩崎山」と言われる丘に立つ記念館は、入り口まで80段の階段があります。四季の里山風景を楽しめ、癒しと和みを与えてくれるエリザベス・サンダース・ホーム澤田美喜記念館へ、皆様のお越しを心からお待ち致しております

 随想 『キリシタン遺物と「大空の饗宴」』 西田 恵子

澤田美喜記念館が所蔵する874点のキリシタン遺物は、形態や材質や用途など多岐にわたり、またどのジャンルに属するかわからないものも数点ある。例えば、「南京錠」「襖(ふすま)の引手」「羽織紐につけた十字架」「陶枕」「南蛮渡来の小布」などである。

当記念館では現在でもお御堂には南京錠が使われており、一般の家の鍵と同じものだが、キリシタン遺物の「南京錠」は、下側にある鍵穴と鍵が十字架の形をしている。十字架鍵を差し込んで回すと、南京錠は、「ガシャ」という音をたててしっかりとかかる。

苛酷な禁教時代、この十字架の南京錠はたやすく人の目に触れたはずだ。キリシタンたちは、どのような思いで使っていたのだろう。その信仰の深さに驚かされる。

「襖の引手」は青銅の小判型をしている。表面にもかすかながら十字架が浮き出ているが、引手を襖からはずして裏返すと、はっきりとそこには一つの十字架が現れる。収集者である澤田美喜の著書『大空の饗宴』には『夜更けて、人目の絶えた頃、之に向かって祈ったに違いない。殉教者の息吹はここにも表れる。勇ましい人々 そして神にめでられた人々 安かれ!』と表現されている。

「羽織の紐に付けられた十字架」について、『大空の饗宴』では『こゝにある羽織の紐の中央に貫かれた小さい玉のなかには、聖十字を明らかに現わしている。追いつめられた切支丹の人々が、最後の知恵をふり絞って、その礼拝すべき聖十字を、いとも小さきものの一つひとつに秘めて守り通したあとを見ると、眼がしらの厚くなるのをさへ覚える。彼等はかくして最後まで「苦しみの道」(ヴィアドロロサ)を突き進み永遠の平和に入りえたのであった』と説明している。

澤田美喜の著書『大空の饗宴』は、キリシタン遺物を収集する思いを書いた、太平洋戦争直前の昭和16年9月に300部限定で青燈社から発行された本である。墨流し紋の素敵な装丁で、和紙に印刷され、序文をローマ教皇庁使節パオロ・マレルラ司教と当時の東京美術学校教授矢代幸雄先生が書いている。

この『大空の饗宴』の新訂版を300部限定で制作することが3年がかりの悲願であり、新訂版の監修をお願いした東海大学前教授小林千草先生は「久しぶりに美しい文章に出会った」と讃えてくださった。澤田美喜女史の想いに触れることを楽しみにお待ちいただければ幸いです。

参考文献
澤田美喜『大空の饗宴』青燈社、1941年。

 随想『記念館にある遺物や資料は社会全体の共有財産』
    西田 恵子

1936年(昭和11年)から40余年、澤田美喜女史はキリシタンに魅せられて、九州の島々を巡り歩きました。そして、殉教者の子孫たちが大切に守ってきたキリシタン遺物を蒐集し、その数は千点にものぼりました。(現在記念館には874点所蔵)

美喜女史はこの遺物に「強い信仰の息吹を感じる」と、後に記しています。「キリシタン遺物というこの世にもまれな、誇るべき先祖の宝を守り」、「一般に公開する」こと念願し、同時にその場所を「祈りの場」とし、「修養道場」としたいと考え、これを「キリシタン記念館」の建設趣意書として書き記しました。しかし、その1ヶ月後、志半ばにしてスペインの旅先で天に召されました。従って、建設趣意書は美喜女史の遺言ともいえるものです。

美喜女史の気高い意志は、遠藤周作・三浦朱門・曽野綾子・武藤富男氏など著名な人々や、カトリック・聖公会など宗派を超えた聖職者や財界人ら66人が受け継ぎ、たくさんの方々が美喜女史の記念館建設に協力し実現しました。この建設に至る経緯と歴史は、大変重要な意味を持っています。

一方、澤田美喜記念館は、制度上は「博物館類似施設」であるため、収集・保存・調査研究と共に、様々な資料を後世につなぐという使命があります。これを着実に行うため、調査を積み重ね、2019年12月に東京国立博物館で木彫像のCT撮影を行いました。そして今後も、鉛同位体の専門家に年代測定の調査対象を絞ってもらい、順次年代測定を実施していくつもりでおります。

記念館にある遺物・資料は、「当館の」というより、もはや「社会全体の共有財産」です。この「財産の公開」という公益事業を通じて、澤田美喜女史が描いた想いを、後世に確実に継承したいと望んでおります。

 随想  『マリア観音像』        西田 恵子

澤田美喜記念館には874点のキリシタン収蔵品があるが、そのうち200点前後がマリア観音像である。

マリア観音像は一般に子安観音や鬼子母神が多く、素材には木・磁器・陶器・金属(銅・真鍮・鉄)・蝋石など様々あり、眼が玉眼であったり顔に象牙が使われている像もある。

そもそも「なぜ、聖書に存在しない聖母崇敬をするのか」「観音は本来インドの男性神格ではないか」、このような疑問が生じる。しかし、このことについては、いろいろな書籍に書かれているので省略したい。

日本にキリスト教が伝来した布教初期の16世紀後半、マリア像が日本にはじめて輸入され、それを模写してたくさんのマリア像が作られた。そのマリア像の原型は中央ローマ教会に由来するが、そこに日本の土着文化の様式や手法を取り入れ、原型とは異なるマリア像が作られた。

当時のカトリック教会は、日本と中国には、布教政策として土地に適応させた順応政策をとってきたとされている。だが、1614年に秀吉が発令した禁教令により、状況が一変する。それまで自由に作られていたマリア像が禁止され破却された。マリア像が根絶されたかのように見えたが、キリシタンたちは迫害を恐れながらも、己の信仰を貫徹するため、様々な形でマリア像を隠し守った。

初期のマリア像は澤田美喜記念館でもいくつか所蔵しているが、まずは飛騨で発見された『木彫像マリア観音立像』で、高さ90センチ、胸に瓔珞(ようらく・装身具)を付けた子安観音がある。この像は厨子に収まっており、木彫で吉祥果(ザクロ)と交換できる十字架を持ち、玉眼入りの詞利帝母(鬼子母神)の姿をしている。ほかに、ベールが背まである美しい白磁製のマリア観音立像も数体ある。

キリシタンたちは、時の支配者たちが強要した仏教の形を借りて、「マリア観音」としてお祈りをささげていた。「当時としては一度それが発覚すれば、宗教を表現するものの悉(ことごと)くを焼捨てられるばかりか、一門一族の生命も賭けねばならぬ信仰であった」と著書『大空の饗宴』に美喜女史は書き、「朽ちざる生きた魂のあえぎをさえおぼえる、燃えさかる生命と祈りを感じる」とその勇気と信念をたたえている。

重要な点は、美喜女史が子供たちを守り育てる苦闘の日々に、これらキリシタン遺物が光と希望と忍耐を与えてくれたと後に記していることだ。「信仰半分、意地半分でやってきた」と語った彼女と同じ生命と祈りが、両者の根底に流れているのではないだろうかと私は思う時がある。マリア観音像ばかりでなく、墨で描かれた「マリア観音図」の軸物も数点所蔵している。

参考文献
若桑みどり『聖母像の到来』青土社、2008年。
澤田美喜『キリシタン記念館建設趣意書』1980年4月。

 随想  『踏絵とは』        西田 恵子

踏絵とは、江戸幕府が当時禁止していたキリスト教の信徒発見に使用した絵で、澤田美喜記念館では踏絵9点を所蔵しています。その中には、『イエスの洗礼』という珍しい絵柄の壁掛けだったもの。『みよ この人を』という「荊冠縛手キリスト像半肉彫」のやはり壁絵掛けだったもの。初期の紙の踏絵の版木としても使用された踏絵。十字架を木に埋め込んだ踏絵。長崎古川町の鋳物師、萩原裕佐が作った踏絵などあります。現在記念館では、時代の編纂を見ていただこうと考えた、初期・中期・後期の代表作3点を展示しています。

踏まれて顔などが摩耗している踏絵には「歴史の証言」としての重みが感じられ、来館者が深く見入っている姿を良く見かけます。でも、踏んだ人は命が助かったのです。踏まなかった人、踏めなかった人には一体どんな運命が待っていたのでしょうか。

踏絵は、寛永5年(西暦1628年)頃、長崎奉行の水野守信が始めたと言われています。キリシタン発見の手法自体は絵踏(えぶみ、えふみ)と呼ばれています。しかし、絵踏そのものを踏絵と呼ぶこともあります。 当時の踏絵は毎年1回年中行事化され、お正月に長崎奉行所の役人が踏絵を持って各所を回りました。老若男女を問わず踏絵をしている様子を描いた絵が、シーボルト著『NIPPON』(ニッポン)に載っています。踏み絵は畳の上で行われており、絵の左側に正月飾りの鏡餅が描かれていることから、お正月に行われた事を示しています。この貴重な本は、東京の東洋文庫に保管(所蔵)されています。東洋文庫は、澤田美喜女史の父岩崎久弥氏が作った博物館です。父岩崎久弥氏には、文化を次の世代に継承していきたいという考えがあったのでしょう。俳人高浜虚子は「絵踏みして いきのこりたる 女かな」という俳句を残しています。季語としては「春」になっています。

2017年のマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙−サイレンス−』(原作遠藤周作)は、「踏絵が踏めるか、踏めないか」がテーマの一つでした。ペリー率いる黒船が来航し、幕府は鎖国をやめ開国して諸外国と外交せざるを得なくなり、安政3年(西暦1856年)3月9日、開港していた長崎と下田で、200年以上続けてきた踏絵をようやく廃止しました。理不尽な踏絵によって何人のキリシタンたちが命を落としたことでしょう。「喜んで刑場(刑上?)に上がる」という一文を目にすると、先人たちの信仰の深さに頭が下がる思いが致します。

 随想 『日本最古級の「信仰画」の巻子』 西田 恵子

澤田美喜記念館は、澤田美喜先生が蒐集したキリシタン遺物を、常時300点前後も公開展示しています。その中に、日本最古級の「信仰画」の巻子(巻物)があり、昨年の調査結果で、1592年安土桃山時代の遺物であることがほぼ確実と証明されました。

キリシタンの信者数が国内に急増した時代の、当時の信仰の実像を今日に伝える貴重な資料です。2018年暮れに朝日新聞がスクープし、NHKニュースやその他の新聞でも大きく取り上げられました。

この「信仰画」の名前は、『ご聖体の連祷と黙想の図』といいます。横3メートル20センチ、縦22センチの長い巻物で、和紙12枚をつなげて作成され、図の中にはマリアとイエスの生涯が描かれています。その後の時代の「マリア十五玄義図」にくらべて、作風や描かれた風俗は日本的で、イエスが袴をはき、兵士たちの腰には日本刀を下げています。連祷の文章には、ラテン語の祈りが当時のかな文字で書き留められており、現在のミサでも変わらないお祈りの言葉が唱えられているそうです。この信仰画は、描いた作者も来歴もわかっています。

また、歴史的な根拠を確立するため、紙についての料紙調査と放射性炭素を用いた年代測定を、専門家に依頼し証明してもらいました。最近話題の歴史的・文化的に貴重な一点です。

 随想 『魔鏡 (隠れキリシタン鏡)』 西田 恵子

澤田美喜記念館には、美喜が1937年(昭和十三年)に五島列島の旧家から入手した「隠れ切支丹鏡」があります。鏡面に光を反射させて壁に投影すると、磔刑のキリスト像が映し出される不思議な鏡です。この不思議な鏡を見た外国人が「マジック・ミラー」と言ったので「魔鏡」と訳され、今では「魔鏡」で通用しています。

「魔鏡」は直径21センチ、厚さ6ミリの銅鏡で、裏には鶴・亀や松の模様が浮き彫りになっています。奈良国立博物館のレントゲン撮影により、鏡は二重構造になって、内部に磔刑のキリスト像が彫り込まれていることがわかりました。

鏡の表面をギリギリまで磨き込むと、一見まったく気付かない程の微妙なミクロン単位の凹凸が付き、それが光を反射する時に陰影を作り、キリスト像が映し出される仕組みです。無形文化財で京都の鏡師である山本真治氏は、記念館にある「魔鏡」が江戸末期京都で作られたものと、鑑定されました。そして、今から30年ほど前、山本真治氏はこの魔鏡のレプリカを3個製作し、ご自身と当記念館に一つずつ所蔵し、残りの一つを、1990年に駐日教皇庁大使館を通じて、バチカンに寄贈されました。

記念館では、レプリカの「魔鏡」に光をあて、映し出された磔刑のキリスト像を来館者に見せています。皆一様に驚かれます。このように精巧な技術で作られた鏡が確認されたのは初めてで、科学史の論文にも取り上げられ、アメリカのニューヨーク大学・アブダビ校准教授望月みや先生が著書『グローバル時代の夜明け』(2017年晃洋書房)に、澤田美喜記念館の「魔鏡」の論文を発表されて、研究者たちの間で話題になりました。

鏡の歴史は古く、トルコでは巫女の持ち物で、黒曜岩本で作られた鏡の映像から神様の意志を読み取ったり、未来を占っていました。中国の歴史では、4千年前にすでに呪具の青銅鏡が出現し、日本でも三種の神器の一つとして尊ばれてきました。魔鏡の原理は、現在検査装置に使われ、例えば集積回路の半導体基板やハードディスクなどの表面の精度や傷を検査する技術となっています。

 随想 『澤田美喜記念館のもう一つの名称』 西田 恵子

「澤田美喜記念館」にはもう一つの名称がある。それは「キリシタン資料館」である。キリシタン遺物のコレクション所蔵点数は874点を有する。キリスト教禁教以前が約2割で、残りの8割は禁教後と考えられている。

16世紀半ばから世紀末にかけての布教初期には、キリシタンとして誇らしくかつ堂々と信仰の証を遺物の中に見せていた。1614年の禁教令(キリシタン禁制)によって、キリスト教文化は根絶したかのように見えたが、実は傍目には見分けがつかぬように信仰の印を付け、神様との対話を続けた。

その印の付け方は様々で、図案的工夫をしたもの、印や文字で信仰を表すもの、形そのもので表すもの、さらには信仰の印を隠したものなど様々な種類がある。

『木彫 隠キリスト磔刑大黒天立像』は、「大黒天」の裏に雲模様の蓋があり、そこに「磔刑のキリスト像」が隠されている。足下に俵が二つある。台座の前に牡丹の模様があり、台座の底には花押があり、台座は回転する。

『仏像の背面に潜む十字架』は、本体の高さが35センチで、背には象牙で出来た「キリストの磔刑」がついている。

この遺物について美喜女史は著書の中で、『仏壇の中はことごとく調べられるので、容易い手段ではすぐ発覚するところから、純然たる仏壇として安置し、実はその一部分を外せば体内に十字架が隠されている---という風に、工夫も巧みに、注意深く信仰は潜入してゆく外はなかった。当時の人々が、どれほどの苦心を要したか、その遺物の一つひとつを見極めてゆく時、胸打たれるものは信仰の根強き一念である。』と書いた。(澤田美喜著『大空の饗宴』青燈社、1941年)

『体内に秘められた十字架』は、マリヤが右手を右膝に置き、その上にイエスが座し、イエスをマリヤは手で支えている。美喜女史は、『最も仏式に近い表現のもので、蓮台から御像を取り除くと影に十字架が隠されている』と書いている。

矢代幸雄当時東京美術学校教授は前掲書の序文の中で『目に立たぬ間際に信仰の標識を付け、口では言えぬ心と心の呼び合い語り合いをなしたことは真に、胸を衝くものがある。(中略)心に色々の陰影を投げかける貴重な人間的記録である』と書いている。(後略)

参考文献
澤田美喜『大空の饗宴』青燈社、1941年。

 随想 『キリシタン禁制高札(こうさつ)』 西田 恵子

高札(こうさつ)とは、政府の公式令で命令下達の文書である「官符」の内容を、民衆に告知する指示を書いたもの。

全国各地の村々の高札場に掲げられ、村人たちに周知する権威ある情報伝達の場であった。高札は以前からあったが、キリシタン禁制高札が現れるのは、慶長19年(1614年)、幕府が出したキリスト教禁教令以降である。

社会福祉法人エリザベス・サンダース・ホーム澤田美喜記念館は、八枚のキリシタン禁制高札を所蔵している。当館所蔵の高札は、寛永六年(1629年)から慶應四年(1869年)の年代で、形には、長角形・家型と家型に屋根付きがある。大きいものには、高さ40センチ、幅90.5センチの木製札がある。保存状態には、文字が鮮明ではっきり読める高札が三枚見られる。

高札に関して、澤田美喜著『大空の饗宴』(青燈社 1941年)をご紹介する。

『・・・その頃の人々は切支丹宗に対して事実上、驚嘆と尊敬の念こそもて、決して之を迫害しなければならぬような事柄を知りませんでした。であるからこそ莫大な銀子を積んでも、なお唆(そそのか)すことは困難であった。・・・』

所蔵高札1枚を掲載する。

      

上の高札内容を記してみる。



この高札(元禄11年 1699年)は、奉行所がキリスト教信者を告発した者に褒美を与えているということが書かれている。奉行所に申し出た者たちのうちで、ばてれん(宣教師)を訴え出た人には、銀五百枚、いるまん(修道士)を訴え出た人には、銀三百枚、立ちかへり者(改宗したが、再び信仰している者)を訴えた人には、銀三百枚、同宿並びに宗門の者(宣教師の世話や同じ宗派の者)を訴え出た人には、銀百枚を褒美として与えるとしている。また、同じ宗派の中から訴え出た人には、銀五百枚を与え、かくまった人には、その所の名主並びに五人組まで連帯責任として、罪に問われることが書かれている。

360年間続いたキリシタン禁制であるが、明治6年2月、「キリシタン禁制の高札を撤去」をキリスト教解禁または黙許ととらえ、キリスト教に対する禁教政策の終止符ととらえるのが一般的な歴史解釈である。

現在、所蔵の高札8枚全てを展示し、なかなかの圧巻である。

参考文献
澤田美喜『大空の饗宴』青燈社、1941年。


information店舗情報


澤田美喜記念館  (キリシタン資料館)

〒255-0003
神奈川県中郡大磯町大磯1152
→アクセス
TEL.0463-61-4888
開館時間:10時〜16時
休館日 :月曜日 年末年始      

<入館料>
 
●一般:800円

●団体:700円
    電話予約15名様以上

●高校生・大学生:700円

●65歳以上:700円

●中学生以下:無料

●障がい者手帳保持者:無料




<記念館パンフレット>

 
画像をクリックしていただきますと
パンフレットが拡大表示されます。

 


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